「自分の顔が嫌い…」美人と言われるのに自信が持てない人へ

自分の顔が嫌い 美人メンタルに良いこと
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「周りの人は美人っていうけど、正直自分のどこが美人だかわからない。って言うか自分の顔が嫌い…」。

羨ましい悩みです。…なんて言われると、すごく嫌だと思います。

悩んでいる当の本人であるあなたにとっては、真剣に悩んでいますから。

「そんなことないよ」「自分からするとブスにしか見えない」なんて返すと、謙遜とか嫌味にしか捉えられないので、うかつに相談もできないと思います。

ここでは、美人だと言われるのに自分の顔が嫌いと思っている人に向けて、嫌いになる理由、どうやって自分と付き合っていけば良いのかについてお話します。

自分の顔が嫌いに感じる理由

自分を受け入れられないから

あなたの尊敬できる人、もしくは人として好きな人を思い出してください。

次にあなたが映った写真を探してください。そして、あなたにその人が宿ったことを想像してみてください。その顔を見て嫌いだと思いますか?

もし思わないのであれば、あなたは顔ではなく自分自身の心が嫌いに思っているのだと考えられます。

自分で自分が受け入れられない場合、自分の良さを認められなくなってしまうものです。それは顔だけに限らず、あらゆる場面で謙遜というか本心から否定してしまいます。

褒められた時、とっさに出てくる言葉が「ありがとう」ではなく否定するような言葉なら、自分の内面を受け入れられないからです。

鏡の前で暗い表情をしているから

自分の顔が嫌いな人は、自分を映し出す鏡を見るのが嫌になります。というのも、自分の顔が嫌いという人は鏡の前では暗い表情をしているからです。

特に、自分で自分の顔が嫌いというのは精神的に良くない状況ですから、鏡に映っている自分の浮かない顔は見ていて気持ちの良いものではありません。

自分…ではなく、友達とか周りにいる人で想像してみてください。

暗く落ち込んでいる時と、明るく楽しそうにしている時なら、楽しそうにしている時の方が美しく見えるものですよね。

自分の中でも一番良くない表情を見て、そんな自分の顔が嫌いになってしまっているのかもしれません。

自分の顔の嫌いな(足りない)パーツばかりを見ている

嫌いなパーツ

あなたが自分の顔の中で嫌い(足りない)と感じているパーツはどこでしょうか?

鼻が低い?目が小さい?口の形が悪い?肌が汚い?

好きなパーツもあると思いますが、あなたからすると嫌いなパーツにばかり目が行ってしまいますよね。

周りの人にいくら美人と言われても、嫌いなパーツばかりを見ているあなたにとっては、お世辞とかバカにされているとしか感じないかもしれません。

自分の顔が好みとは違うだけかも

顔の好みは個人差があるので、あなたは自分の顔が嫌い、だけどその他大勢はあなたの顔を美人だと思うと言っているだけです。

日本人にとっては可愛いと言われることの多い八重歯ですが、世界的には嫌われる傾向にあります。

アメリカではドラキュラや狼男などをほうふつとさせてしまうそうですし、中国では虎の歯として幸福が逃げるとか近しい人の離別を早めるというように縁起が悪いと言われています。

近年では世界的にも受け入れられてきているみたいですが、日本と世界はこれだけ差があります。

好みというのは歯だけではありません。

ホクロがあごにあるとセクシーだと感じる人もいれば、そばかすがある女性がタイプだという人もいます。顔には何にもない方が美しいと思う人もいます。

美に対する意識というのは、人によってこれだけ大きく違うものです。

あなたにとっては自分の顔は美人ではないのかもしれませんが、周りの人にとってはあなたの顔は美人に見えるのでしょう。

比較対象のレベルが高いから

美人だと言われているのに、自分の顔が嫌いという人は比較している対象のレベルが高いのかもしれません。

学校で一番の美人だと言われている人(もしくは自分が思っている人)、人気のアイドル、ミス○○など。

「あの子の方が…」と比べているのなら、その人のレベルが高いのかもしれません。

上には上がいるのに、自分よりも上の人と比べては落ち込んで…と繰り返しているのなら、自分の顔が嫌いになるのもうなづけます。

そもそも、あなたのことを美人だと言っている人は、誰かと比べてという意味ではなく、自分から見たらという意味で言っているのだと思います。

昔言われたことが忘れられないから

忘れられない

過去に容姿のことでバカにされたり、侮辱されたことはありませんか?

女性なら子どもの頃に言われたことでも、容姿に対しての文句はなかなか忘れられないものです。たとえパッと思い出すことができなかったとしても、記憶の片隅に残っているのかもしれません。

小さい頃に言われたことって、結構根深く残ってしまうため、大人になってもなかなか忘れられないことはあります。

その記憶のせいで、多くの人に美人だと言われても素直に喜べないどころか、自分の顔を嫌い続けているのかもしれません。

顔のことしか評価されないから

美人の人というのは、持っているスキルや内面よりもルックスばかりを評価されがちです。

美人の女優さんとかでも、演技力よりルックスばかりを褒める声が多いように思います。

あなたも何か成し遂げた時や一生懸命何かに取り組んだとしても、結局評価されるのは美人というところだけで、やったことや性格に関して褒められることは少ないと思います。

評価されるのは顔のことばかり…となると、美人と言われることに不快感を感じるようになるのは仕方がないと言えます。

美人というだけで得をしていると思われるから

「美人は得だよね~」なんて、よく言われると思いますが、周りの人が思っているほど得をしている実感はないでしょう。

むしろ、「どうせ顔だけ」とか「美人なのに…」というように言われて、辛い思いをすることの方が多いかもしれません。

上で言ったように、内面よりも顔ばかり見られたり、変に特別扱いを受けたりすることで、損をしていると感じると思います。

自分の容姿について相談できないから

美人には容姿に関する悩みはない、とでも思っているのか容姿のことについての相談をしようものなら「あなたは美人だから良いじゃん!私なんて~」と言われることって多いと思います。

場合によっては嫌味を言っていると言われてしまったり。

人それぞれ悩みがありますし、(自分では思っていなくても)美人だからと言って完璧という訳でもありません。なのに、世間的にはぜいたくな悩みと思われて相手にされない…。

この流れはルックスだけにとどまりません。

美人は悩みを持つことが許されないのか、美人には何の悩みもないと思われているのか、悩みを相談しようとするとすぐ「私なんて~」が出てきます。

それを繰り返されると、正直疲れると思います。

決めているのは自分自身

決めるのは自分

自分の顔が嫌いになる理由について色々述べてきました。どんな理由にせよ、自分で自分が嫌いな状態というのは精神的に辛いものです。

嫌な部分、気に入らない部分ばかりが目に付いたり、鏡を見るたびにコンプレックスを感じたり。

ただ、鏡を見るたびに意識して欲しいことがあります。自分の顔を嫌うのか受け入れるのかの決定権を持っているのは紛れもなくあなたということを。

価値観は人それぞれ

相手があなたの顔を美人だと思うのは相手の価値感です。それをあなたが変えることはできません。

同じように、周りの人にいくら美人だと言われても、「自分の顔が嫌い」「納得できない」「自信が持てない」というのもあなたの価値観です。

それを変えるのはあなたしかいません。

「顔は変わらないのにどうやって自信を持つの?」とか「どうやっても自分の顔が気に入らないんだけど…」と思うかもしれません。

それも当たり前のことです。むしろ「あなたが決められる」とか、「自信を持ちましょう」なんて言われて、「あ!そっか」と思えたのならすごいです。

だから私は、自信が持てないのなら、無理に持とうとしなくても良いと考えています。

自信を持つには吹っ切れるのがポイント

吹っ切れる

私の考える自信とは、吹っ切れる・割り切ることではないかと思っています。いい意味で諦めるというか。

私はひねくれているのか、自信を持つ方法的な本やサイトを見ると、いつもこんな感じで思ってしまいます。

・「○○しよう!」→今のままではダメってこと?
・「そのままの自分を~」→それができれば苦労はしない!

こんな感じで、結局どうしたら良いのか分かないというのはよくあります。

自信がなさ過ぎて、自信を付けるためのアクションを起こしたくないというか、何かしらアクションを起こした結果、失敗して自信をなくすのが怖いというか…。

色々考えた結果、私が出した答えは吹っ切れてしまえば良いでした。

声に関するコンプレックスを克服した話

私は容姿以上に自分の声にコンプレックスを持っています。一般的な声よりも低く、私の声のマネをする人はこぞってボソボソっとしゃべるのです。

モノマネをしている人がバカにしているつもりなのか、ただ私の声の特徴をマネしているだけなのかは分かりませんが、私からすると良い声だとはとても思えません。

それで余計にコンプレックスを感じて、人に声を聞かれたくないと思うようになり、親しくない人と話す時は声が小さくなってしまうようになりました。

その結果、聞き取りにくいと言われたり、何度も聞き返されたり。

ですが、声がコンプレックスだと人に相談すると、「良い声だよ」とか「声優になれると思う」と、高い評価をされることが多いのです。

この状況って、美人なのに自分の顔が嫌いという状況に似ていると思ったのです。周りの人からは高く評価されているのに、自分では認めたくないというか。

ある時、声や見た目などのコンプレックスについて色々考えていると、それを気にして生きていくよりも楽しみながら人生を送りたいと思いました。

それと同時に思ったのが「顔とか声とかもうどうでもいいや」です。嫌いな人は嫌いですし、自分のことを良いと思う人とだけ付き合えば良いと。

私が吹っ切れた瞬間です。

すると、自信をもって声を出せるようになったからか、聞き取りにくいと言われることがなくなりました。人付き合いが苦手だった私が緊張することなく人と会話できるようになりました。

徐々にではあるものの、吹っ切れてから1年後には、多くの人からよく話しかけられるようになりました。もちろん、自分からも積極的に話しかけていきました。

その時に思ったのです。「これが自信というものなのかな」と。

吹っ切れる・割り切るというのはある意味では、自分を受け入れることなのかもしれません。

何をもってして自信というのかは、人によって違うと思います。ですが、吹っ切れる・割り切ることで得る自信というのはすぐにでも手にすることができます。

なので、どんなに美人だと言われても、自分の顔が嫌いという人は、この方法で自信を付けた方が良いと思うのです。

まとめ

褒め言葉を受け入れられない、顔に限らず自分が嫌いなところがあるというのは、結局のところ自分で自分が受け入れられていません。

だから、人から褒められても受け入れられないし、気分が落ち込んでいる時なんかはバカにされていると感じることもあるのでしょう。

せっかく美人だと言ってくれる人がいるのですから、それを心の栄養にして生きていくのも悪くないですよ。

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